Innovative Voice

更新日:2025.9.16
公開日:2025.9.11
文化が交わる場所をつくる
――「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」が描く100年先の出会い
かつて日本で初めての鉄道が海の上を走ったイノベーションの地──東京・高輪。その歴史的な土地で100年先の心豊かな暮らしを見据えた都市実験の舞台として、「TAKANAWA GATEWAY CITY(高輪ゲートウェイシティ)」は、2025年3月に生まれました。東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」)が手掛ける中では「最大の街づくり」とされています。
そしてTAKANAWA GATEWAY CITYの文化創造の役割を担うのが「MoN Takanawa:The Museum of Narratives(モン タカナワ:ザ ミュージアム オブ ナラティブズ、以下「MoN Takanawa」)」です。伝統を未来へつなぎ、新たな日本文化を創造・発信するミュージアムとして、美術館とも科学館とも博物館とも定義せず、さまざまな分野を横断した文化体験の提供を目指す新しい「ミュージアム」として注目されています。
今回は、 JR東日本文化創造財団MoN Takanawa: The Museum of Narratives 開館準備室 室長である内田 まほろ氏をお招きし、文化とビジネス、都市と地域、感性と技術──「新しい出会いがもたらす未来」について語り合います。聞き手は、J-POWER(電源開発株式会社)イノベーション推進部の井手 一久です。
文化―人類がその地で紡いできた知の総称
井手 内田さんはこれまで様々な文化事業に携わってこられ、現在は2026年春に開館するMoN Takanawaの準備を主導しておられます。内田さんにとって、文化とはどういうものだと捉えていらっしゃいますか?
内田氏 私は以前、日本科学未来館で科学とアートを結びつけるような仕事をしていました。そのとき館長だった元宇宙飛行士の毛利衛さんは、「人類の英知の総称が文化であり、その中に芸術や科学や技術も含まれる」とおっしゃっていたんです。一般的には文化を(科学や技術のような分野は含まない)『文系』に分類するイメージもありますが、私は毛利さん同様、人類がその土地やコミュニティで積み重ねてきた知を総称して、広く文化と呼びたいと思っています。
井手 その定義だと「なんでもあり」とも捉えることができそうですね。
内田氏 はい、「なんでもあり」でいいのかなと。ただ、私が携わる対象としたいのは、一過性のもの、短期間で過ぎ去っていくものではなく、強く長く続いていく価値と力があるものです。

私はもともと美術分野のキュレーターとして展示の企画・運営をしていたのですが、当時はキュレーターの仕事を「宝探しと自慢」に例えていました。応援したいと思えるものを選んで、多くの人にそれを伝えることが、キュレーションの本質と考えてのことです。そういった視点で人々が選ぶ対象こそが、長く受け継がれ、文化的な力を持つのかもしれません。
文化の醸成と企業活動の交差する道はどこにあるか
井手 安定した雇用を生み出し、経済を回していく責任がある企業にとっても、長く確かに続くこと、言い換えれば持続可能性は重要な使命のひとつです。その点で、企業の活動と文化の醸成には親和性があると感じました。一方で、違いもありますよね。

内田氏 両者の違いとして挙げられるのは、利益を出すことを目的にしているかどうかです。文化もコンテンツとして事業化すれば利益を生むものになりますが、文化自体は利益を目的とはしていませんよね。そこは大きな違いだと思います。
それから、企業活動から生まれる製品やサービスは、その性質上なるべく多くの人たちのニーズに応える汎用性が求められます。一方、文化は特定の人にとっては重要な意味を持つけれど、別のある人にとっては理解できない、重要ではないということが多くあります。
井手 当社の事業である風力発電や水力発電では、その地域に適した工法や設備が必要で、カスタマイズなしに広げていくことはできません。その点では、それぞれの地域における文化と協調する必要がありますから、事業でありながら文化的な側面があるともいえるかと考えました。
一方で、最終的に届ける電気は誰にとっても必要であり、普遍性の高いものです。安定性や安全性を強く求められるインフラを担う点では、MoN Takanawaが開館する街「TAKANAWA GATEWAY CITY」を開発するJR東日本とも共通点があると思います。企業の活動と文化の醸成には目的の違いがありつつも、長期的な視点で進むべき道を見据えていくと、自然と重なる部分も多いのかもしれません。
MoN Takanawaで、いろんなものが混ざり合う
井手 準備室 室長として携わっておられるMoN Takanawaについて、創設のきっかけをお聞かせください。
内田氏 高輪の再開発における街づくりのコンセプトは、「100年先の心豊かな暮らしのための実験場」です。日本は高度経済成長期からずっと、ビジネスの成長やインフラの拡充を目指してきました。しかし今の時代は、環境への配慮や心の豊かさといった利益性以外の価値も重視されています。「新しい街には文化が必要だ」という課題感のもと、JR東日本にしか造れない文化施設を、というアイデアからMoN Takanawaの計画が始まったんです。
私は企画が決まった段階から同施設に携わっており、文化の担い手とともに文化をつなげていく場所にしようと考えてきました。地価の高い高輪に6階建ての低層の建造物を建てるなんて、常識的に考えたらあり得ないことですよね。さらにその屋上には、水面に映る月が美しい月見テラスや、果樹や野菜の栽培に使われる庭園もある。これらはすべて「100年先の心豊かな暮らしのための実験場」というコンセプトに基づき、100年以上先までつなげていきたいと考えた場所です。

井手 とても興味深い取り組みですよね。具体的な仕掛けはもう考えられていますか?
内田氏 日本のミュージアムは、諸外国に比べれば数が多いんです。ただ、地域格差がありますし、人と人の出会いや多様性につながる施設は、まだまだ少ない。
井手さんがお仕事をされていて、イノベーションが興るときのことを想像してみてください。多くの場合、互いを知らない人同士や、関係のない分野の専門家同士の対話から発見や気づきが、新しいアイデアを生み出すきっかけになりますよね。
MoN Takanawaは美術館でも科学館でも歴史博物館でもない、いろんなものが混ざりあった新しい「ミュージアム」にしようと考えています。企画段階から、「いろんな人たちが話し合える場にする」というコンセプトを一貫して掲げています。
さまざまな分野のクリエイションに光をあてる「ナラティヴ」
内田氏 施設名称であるThe Museum of Narrativesに、私たちは「あらゆる境界を越え、伝統と未来をつなぎ、物語を生み出し続ける」という想いを込めました。施設内には大小さまざまなイベントスペースがありますが、それらにも「展示室」のように用途を限定する名前は付けていません。「Box300」「Box1000」といった具合に、Boxという単位に平米数を組み合わせた名前で呼んでいます。

私たちがつなげたいものは2つあって、1つは違う分野同士です。MoN Takanawaでは複数ジャンルの企画を一体的に運営できるので、展示を見ていたら音楽が聞こえてきたとか、ある展覧会を目的に来た人が他の関連企画にも興味を持ったとか、自然と興味が広がる仕掛けをつくって、いろんな人が思いがけない体験に出会える場にしたいと思っています。
もう1つは、長い歴史を持つ日本の伝統です。無形・有形の素晴らしい伝統を、現代の文脈につないだり、海外の人にもわかりやすく伝えたりして、それがさらに日本人自身がまだ知らない価値につながり、未来の世代にもつながっていく。そんなふうに、日本の伝統文化にスポットをあて、人々との間に橋をかけたいと思っています。
井手 施設名にある「ナラティブ」を、どのように定義されていますか?
内田氏 「ナラティブ」は、いわゆる始まりと終わりのあるストーリーではなく、「物語る」という動詞的な意味合いの強い言葉だと考えています。どんなものの背景にも物語があることを前提として、ナラティブという言葉を中心に据えることで、さまざまな分野のクリエイションに光をあてたいと考えています。
井手 さきほどミュージアム数の地域格差のお話がありました。光を当てるという意味では、地域にたいして格差を埋める工夫についてはどうでしょうか?
内田氏 地域の文化が消えないよう、貢献したいと思っています。JRの路線は全国各地につながっていますから、地域文化を象徴するものをMoN Takanawaで展示し「興味を持った人は、現地にも足を運んでみてください」と促すこともできるのではないでしょうか。逆にMoN Takanawaの企画を全国で巡回するときも、各地にノウハウを残すような形で運営したいです。
目的ありきではない偶然の出会いが、思考の地図を広げていく
井手 J-POWERのイノベーション推進部として仕事をする中で、イノベーション、いわゆる新しい価値を探索することはなかなか難しいと、実は思っているんです。例えば、エネルギー関連のイベントに足を運んでも、同分野の知識は広がりますが、新しい発想にはつながりにくいといったように。
つまりは目的ありきの行動からは新しい価値の発見を行うことは難しい。

企業体としては、当然ですが最終的に利益につながることを社員に行ってほしい。ですので外出時には「何しにどこに行くんですか? 目的は?」と確認されるのが普通です。しかし、そこへの答えが明確に決まっていなくても自由に外で経験を重ねられるほうがイノベーションにつながるのではないか、と思うときがあります。
内田氏 同感です。仕事の展示会に行くような感覚で、新しい発想を得るためにミュージアムに行けるようになるといいですよね。MoN Takanawaの企画を立てるディスカッションのとき、JR東日本の皆さんから「どういう人をターゲットにしますか」と聞かれたんです。その時私が答えたのが、「ここにいるみなさんですよ」と。いわゆる普通の感覚を持つ会社員が自然と足を運んでくれるような場所にできたら成功、ということです。そういう施設って、日本にはまだまだ少ないと感じます。

井手 確かに会社員が外出するとしたら、目的ありきのイベントに行って、その後は報告書を作ることが多いですね。しかし本来であれば、その時点では言葉にできなかった内面の変化が、次に違う刺激を受けたときに別のアウトプットとして出てくるというような、体験することこそ価値があるのかもしれません。内田さんのお話を聞いていると、MoN Takanawaではそういう出会いが期待できそうだなと思いました。
体験を言葉に変える「知のおもてなし」
内田氏 私たちはよく「知のおもてなし」という言葉を使っています。例えば、歌舞伎に興味があるけれど敷居が高く感じて行けない、クラブに行ってみたいけれどちょっと不安、というようなことってありますよね。そういった方々が最初の一歩を踏み出せるようなプログラムを組みたいと考えています。
井手さんの「報告」の話を伺っているあいだ、鑑賞後の対話を促すような仕掛けを作れたらいいんじゃないか、と考えていました。MoN Takanawaに来てもらうことはもちろん、体験から得られた気づきや発見を、その後どのように活かせるかも重要ですから。
井手 対話のおかげで気づけることは多いですよね。会社で新規事業を立ち上げるときを考えても、担当する本人が「面白い」と思っていないと、まずその事業は成功しません。そもそも自分が何を「面白い」と感じるのかは、口に出してみないとわからないものです。そういう意味でも、刺激を受けてどんなことを感じたのか、感情や記憶から言葉をうまく引き出してくれる人がいると良さそうです。

未来の道をひらくきっかけは、まだ見ぬ出会いのなかに
井手 私たちイノベーション推進部では、カーボンニュートラルと地域社会への貢献を前提として、スタートアップへの投資と新規事業開発を行っています。その中で、次世代のクリーンエネルギー開発に取り組むべく、フュージョン(核融合)のスタートアップとも連携しています。彼らと対話してみると、フュージョンのような「遠い未来の話だと思っていた技術は、もう手が届くところまで来ているんじゃないか」と感じることが多いんです。イノベーションの現在地は、当事者になることで初めて体感できると実感した瞬間でした。
内田氏 新しいことにトライする仲間が増えていくと、それまでは越えられなかった高いハードルを、意外と簡単に越えられることもありますよね。私たちも文化だけでなく、インフラ・テクノロジーの分野で仲間を増やす対話が、イノベーションの近道になることが多くありそうです。

未来の道を拓くきっかけがどのように訪れるかは、誰にもわかりません。
アカデミー賞の授賞式の送迎車として多くのスターがトヨタのプリウスを用いたことがきっかけで、環境に配慮した車への注目が集まった事例があります。例えば著名なミュージシャンが次世代エネルギーについて歌った曲が人々の関心を高め、その曲に感銘を受けた中学生が、いつしかエネルギー業界をけん引する存在になる……そんなことが起こる可能性だってあり得ます。
井手 インタラクティブにコミュニケーションできる場があるとなお良いですね。
内田氏 複雑性の高い課題に取り組んでいくとき、予想外の場所に仲間がいることは少なからずあるのです。だからこそMoN Takanawaでは、新しい出会いを探すにあたって、自分と周囲の関係性を見つけやすいテーマや仕掛けを用意しようと思っています。これからJ-POWERが興していくイノベーションや、描いていく未来に期待しています。2026年春に開館したら、ぜひMoN Takanawaにいらしてください。
井手 はい、ぜひ伺います。本日はありがとうございました。


一般財団法人 JR 東日本文化創造財団 MoN Takanawa: The Museum of Narratives
開館準備室
室長
内田 まほろ 氏
Mahoro Uchida

イノベーション推進部 企画室
課長
井手 一久
Kazuhisa Ide

一般財団法人 JR 東日本文化創造財団 MoN Takanawa: The Museum of Narratives
開館準備室
室長
内田 まほろ 氏
Mahoro Uchida

イノベーション推進部 企画室 課長
井手 一久
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