Innovative Voice

更新日:2025.12.25
公開日:2025.12.29
物語を編み直すのはだれ? TECH BEAT Shizuokaキーパーソンに聞く地域と産業の未来(後編)
「静岡から世界へつながる出会いとビジネス創出の場」として、国内外から最先端テクノロジーを持つスタートアップ企業を集め、展示や講演、商談を通じて静岡県内企業との共創を促進するイベント「TECH BEAT Shizuoka」(主催:TECH BEAT Shizuoka実行委員会(事務局:静岡県・株式会社静岡銀行、以下「静岡銀行」)。2025年7月に開催した「TECH BEAT Shizuoka 2025」では延べ来場者数10,125人を記録するなど、静岡県内外での機運の高まりを示しました。
TECH BEAT Shizuokaのプロジェクトを推進するキーパーソンである、静岡県フェローの西村 真里子氏(株式会社 HEART CATCH 代表取締役)と静岡銀行地方創生部 課長の井出 雄大氏に聞く、「静岡モデル」における共創の過程と可能性の物語、後編です。J-POWER(電源開発株式会社)井手 一久が聞き手を務めます。
ゲスト:
井出 雄大氏|静岡銀行 地方創生部 課長
西村 真里子氏|株式会社HEART CATCH 代表取締役、静岡県フェロー
TECH BEAT Shizuokaははじめから今までずっと、静岡のために
井手 パリの「VIVA Technology」を視察したことがTECH BEAT Shizuokaを立ち上げるきっかけだったと伺いましたが、TECH BEAT Shizuokaの「静岡ならでは」という部分があれば教えてください。
西村氏 フランスのマクロン大統領が経済・産業・デジタル大臣だった当時に立ち上げたVIVA Technologyは、今やヨーロッパ最大のスタートアップ&テクノロジーイベントとなりました。例えば創設のパートナーであるLVMHは、メゾンとテクノロジーパートナーとの協業によるインパクトのあるイノベーションを通じ、ブランドのビジョンを示しています。それはショーのような形でとても華やかなのですが、そもそもの企業のあり方が違うので、それをそのまま静岡でやるのは難しいと言わざるを得ません。
ただ、見方を変えると現在のVIVA Technologyにはアフリカや中国の企業が数多く参加しているため、パリ、あるいはフランスでビジネスをしているプレイヤーに、本当の意味で還元できているかは不透明です。その点、TECH BEAT Shizuokaは、プロジェクト立ち上げ当初から、静岡県及び地域の方々の視座やビジネスをアップデートしていただくために行う、というスタンスがぶれていません。地域への想いにかけては、VIVA Technologyにも負けないと思っています。
井手 ゆくゆくはTECH BEAT Shizuokaでもショー的な見せ方を考えていますか?

西村氏 そうですね。VIVA Technologyのように、一企業が「当社はこのような形でスタートアップと取り組んでいます」とショーのようなわかりやすい形で見せるのは、その取り組みをより多くの方に伝えていく意味で効果的だと思います。もしそれが実現できたなら、日本のいろいろな地域で起こり始めている地域イノベーションイベントの中でも、TECH BEAT Shizuokaは頭一つ抜き出る存在になるかもしれませんね。
井出氏 付け加えると、静岡県民はとても「奥ゆかしい」方が多いので、自社の取組みや課題を表に出していただくよりも、我々が直接向き合って話をし、課題を聞き取りながら解決に導くほうが合っているように思います。VIVA Technologyと手法は違うかもしれませんが、それぞれの事業者の「やりたいこと」に誠実に寄り添っていくことをTECH BEAT Shizuokaでは意識しています。
東京の当たり前は、地方の当たり前ではない
井手 順風満帆のように思えますが、立ち上げ前を振り返って、大変だったことがあれば教えてください。
西村氏 TECH BEAT Shizuokaを開催する前年、2018年末に、しずおかフィナンシャルグループの中西会長から「VIVA Technologyやアメリカ・ラスベガスで開催されるCES(Consumer Electronics Show)といったテクノロジーイベントで見てきたことを伝えてほしい」とお題をいただきました。場所は静岡銀行が主催する「Shizuginship全体フォーラム」。
同フォーラムには、静岡県の錚々たる経営者の方々がビシッとスーツを着用してお集まりでした。私は、あえて革ジャンで伺いました。自分が明らかにその場の雰囲気と合っていないな、浮いているなと感じつつも「VIVA TechnologyやCESのようなスタートアップとのオープンイノベーションの取り組みを静岡でもやってみませんか?」とお伝えしました。
新しいことを始めるときには、私のような空気を読まない「異分子」がいることも重要なのであるということをファッションでも伝えたかったのですが、内心、場の雰囲気に合わせれば良かったとドキドキしていました。ですが、場の空気を読んだ行動をしてしまうと、新しい一歩が踏み出せない。振り返ってみると空気を読まなくて良かったのかな、と思います。ですがあのドキドキ感は今でも忘れられません(笑)。

私は2015年にHEART CATCHを立ち上げて以来、「ポリネーター®(蜂や蝶のような受粉者)」として主に東京都内でスタートアップ関連企画のプロデュースをしているのですが、TECH BEAT Shizuokaに関わるようになって初めて「都内で起きていることは実はかなり異色だったんだな」と気づくことができました。東京と静岡の距離は新幹線で1時間弱。それでも、都内の当たり前は地域の当たり前ではないのです。
最初はそれがわからず、つまずくこともありました。しかし、地域を守るために尽力されている静岡銀行や静岡県内企業の方々、代々この土地に住んでいる名士の方々の声を丁寧に聞き、謙虚に学ばせていただくこと、その上で、都内で起きていることをどのように変換すべきか考えること。その重要性を学ばせていただいたと思っています。以前よりも遠くに、ポリネーターとして飛べている感じがします。静岡のおかげですね。
コンフォートゾーンを抜け出した先に
井手 大企業の中で新規事業を作るのも、やはり異質なものを持ち込む行為ですよね。まさに同じような反応があると感じました。私自身もJ-POWERでイノベーションの取り組みを進めるなかで「なぜこんなことをやるんだ」と言われたこともあります。

企業というものは現行の事業に最適化されている組織です。J-POWERであれば「電気をいかに安心して届けるか」が最重要命題です。そうした土俵では、技術が成熟していないスタートアップの有用性や未来へのインパクトは当然ですがなかなか理解してもらえません。しかし、既存のやり方に合わせようとしてもうまくはいかないし、全員に理解してもらおうと思ったら誰でも考えつくことをするしかないんです。そうならないために、「準備しすぎないこと」「意図的に枠の外で思考すること」が大事だと思います。
西村氏 敢えて「合わせない」ということですよね。井出さんもそれは感じますか。
井出氏 はい。TECH BEAT Shizuoka実行委員会のあり方もそれに近いと思います。私が着任したときはまさにコロナ禍で、イベントもリアル開催ができなくなり、当時周囲では名前も知られていなかったオンライン会議システム「Zoom」を導入しました。誰も使ったことがないツールを我々が率先して取り入れたことで、既存のやり方やお作法に合わせない、枠からはみ出す実験装置として機能したように感じました。
スタートアップを招いて、静岡にいるだけでは触れられない情報にアクセスするということも、越境するきっかけですよね。西村さんは「知の探索」と表現されていましたが、我々はそういった「枠を超えていく」マインドを常に持って、静岡県のなかで一歩先を行かねばならない自覚を持って活動しています。
西村氏 枠からはみ出すという意味では、井出さんはTECH BEATプロジェクト着任後、すぐにスーツを脱いでTシャツに着替えて、スニーカーを履きましたよね。静岡銀行の方が率先して服装を変えたことは衝撃的でしたし、あえて「異物」であることを態度で示すのが素晴らしいなと思っていました。
井手 井出さんは、服装だけでなく、行動もいち早く変えていますよね。
西村氏 コンフォートゾーンで話をする人が多いですが、井出さんのように居心地のいいところを自ら抜けて、ときに冷たい目線にさらされながらも行動できる人はあまりいませんよ。
井出氏 いや、西村さんたちが視座を上げてくださったからですよ(笑)。

スーツとTシャツ、異質同士の意識が変わりはじめている
井手 J-POWERに来るスタートアップの方々も、カジュアルな服装が多いです。最初はそれに対して物珍しそうに見る人もいましたが、私はスタートアップなのにかしこまってスーツを着てこないでほしいと思っていたので、むしろありがたかったです。新しいことをやるためにチームを立ち上げて、スタートアップを招いているわけですから。
とはいえ、自分たちが彼らのスタイルに倣うわけではありません。大企業で勤めている人にとってスタートアップが異物であるように、スタートアップにとっても大企業は異物です。立ち位置を無理に変えるより、お互いに異物であることを隠さずに付き合ったほうがいいと思っています。
西村氏 大企業がスタートアップに学びながらカーブアウトしたりスピンアウトしたりするケースも増えてきていますよね。私はその流れがすごくいいなと思うんです。
井手 そうですね。大企業は現行の事業に最適化されていることは前述しましたが、そうしたあり方を「つまらない」と感じる若い人たちは増えてくると思います。ですから、いろいろな会社さんにTECH BEAT Shizuokaに来てもらい、それをきっかけに大企業側にも若者が面白いと思えるような受け皿ができるよう、少しずつ変わっていってもらえたらいいですよね。
西村氏 変化という意味で印象的だったエピソードがあるんです。去年までは、Tシャツ姿で登壇された方に対して「なんだ、あれは」という批判の声がありました。それが2025年では、逆にスーツで登壇されている方に対して「スタートアップイベントなのになぜスーツで登壇するのか。なんだ、あれは」という声に変わった。TECH BEAT Shizuoka来場者の意識が変わっているしるしであり、とても嬉しい変化です。
井出氏 たしかに、空気は結構変わっていますよね。
井手 そういった変化は確実にありつつも、それぞれの会社の形は変わっていないのが非常に良いことだと思いました。そこから次の動きが出てくるのではないでしょうか。
地域+スタートアップの共創事例をTECH BEAT Shizuokaから世界へ届けたい
井手 夏に開催されるTECH BEAT Shizuokaというイベント以外で、取り組んでいることはありますか?

井出氏 静岡県は東部・中部・西部それぞれの地域に特色のある産業があり、行き来するにも距離があります。そのため、西村さんはじめプロデューサーの方々と相談しながら、エリアごとにふさわしいテーマを設定して小規模なイベントを継続的に開催しています。
また、学生を含めた若年層の巻き込みも重要ですよね。昨年は沼津工業高等専門学校で出張授業をさせてもらいましたが、静岡の産業・地域社会を担う未来世代のアントレプレナーシップを育んで、次なるプレイヤーの育成につなげていければと考えています。
井手 素晴らしいですね。
J-POWERは、静岡県浜松市の天竜川上流に、佐久間ダムと佐久間発電所を所有しています。1956年の運転開始以来70年近く運転し続けてきた発電所を、単なる電力供給の場にとどまらず、地域と共に価値を創造する「地域共生の拠点」として再構築するプロジェクトが、今年から始まりました。
佐久間発電所は建設、施工から70年近く経っており、周辺の人口もかなり減っているため、大掛かりな工事をするための宿泊施設や交通の面でいろいろな課題が出てきています。その課題解決のために、TECH BEAT Shizuokaという場をうまく連携させてもらえたらと思っています。たとえば、J-POWERと地元企業さんのコラボレーション企画のようなものを出せるといいな、とか。
井出氏 産業の現場を見学に行くツアーなどはどうでしょう。
西村氏 いいですね、やりましょう! たとえば、TECH BEAT Shizuokaの会期の前か後に浜松ツアーを企画したら、静岡県全体で盛り上げることができるかもしれませんね。
井手 佐久間ダム、佐久間発電所をいろいろな方に見てもらい、魅力を知っていただけたら嬉しいですね。ダムは50年、100年と続く施設ですし、我々もその発電事業で恩恵を受けている企業ですから、地域が元気であり続けてほしいと常に願っています。そのためにできることはどんどんやっていきたいです。

一時期は地域に訪れる人を増やすために、公共性の高い施設を作ったり観光に力を入れたりという動きがありましたが、それだけではうまくいかないことがわかりました。もっと踏み込んで、どのように人に来てもらうのかを考え、現代風の地域への貢献のあり方を体現していく必要があると思っています。
西村氏 TECH BEAT Shizuokaでぜひ一緒にやりたいですね。
井手 そうですね。来場者の方々に、いつもの職場を離れいつもと異なる場に身を置いてインプットをしてもらうことで、いろいろなものにつながっていくと思います。
たとえば浜松に足を運んでもらい、佐久間発電所の課題を知ってもらった上でTECH BEAT Shizuokaに来てみたら、スタートアップを見る目も変わるのではないでしょうか。
西村氏 そういった形を目指していきたいですよね。J-POWERが実行していることは、全国、ひいては世界に必要なことだと思います。「地域+スタートアップ」の取り組み実例をTECH BEAT Shizuokaで作り、それを世界にも展開していけたら素敵ですね。
TECH BEAT Shizuokaを起点に渦が生まれ、物語が編み直される
井出氏 地元企業からすると、ダムのような非常に大きなモノに対して、自分たちがどう関われるのだろうか、という戸惑いはあると思います。70年前、佐久間発電所が建設、竣工された当時であれば、もしかしたら地元企業の関与は必要なかったかもしれませんが、現代は違いますよね。
スタートアップという新しい要素が入ってきたり、いろいろな方が混ざったりすることで、その場や企業の物語が編み直されます。TECH BEAT Shizuokaはそうした渦を生み出す劇場でありたいです。

井手 やはり、行動を起こすことが大事ですよね。イベントで会って数分話して終わりではなく、チャットツールでつながったり、改めて対面で話す時間を作ったりという、他の人たちがしないことをすると、動きが早くなると感じます。コミュニケーションを増やしていくことでお互いの理解が深まり、理解が深まった者同士の共創から、新しい価値が生まれていくと思うのです。
私は長らく新規事業に関わってきましたが、「一緒に走る人を増やさなくてはならない」ということを最近ひしひしと感じています。井出さんは、そして静岡銀行は、TECH BEAT Shizuokaの運営を長く続けてきたなかで、一緒に走る人は増えたと感じていますか?
井出氏 そうですね。銀行内で、はじめはTECH BEAT Shizuokaに見向きもしなかった人が次第に主体的に関わってくれるようになったり、理解を示してくれた方から別の方へと情報が波及していったりしました。時間はかかりましたが、やり続けて、毎年の来場者数や商談件数が増えていく実績を見せられたことで、反応してくれる人が増えていきました。
イベントを大きくしていったのは外部の方に知っていただきたいという気持ちからでしたが、その結果、関わる人々の意識や地域の雰囲気が全体的に変わってきました。これからもこのTECH BEAT Shizuokaから生まれる渦が、思いがけない物語を編み出していくことを願っています。

イノベーション推進部 企画室
課長
井手 一久
Kazuhisa Ide

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井手 一久
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