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    挑戦と失敗を重ねてきた経験が、判断の物差しになる

    更新日:2026.8.4

    公開日:2026.8.4

    J-POWER(電源開発株式会社)イノベーション推進部と技術開発部の2部門を横断して見守る栗﨑夏代子審議役。J-POWERで12の部署に勤務し、水力・火力・原子力・風力と、あらゆる電源に携わってきました。徳島の火力発電所建設、青森の原子力発電所港湾工事計画、ロシアの風力発電所開発調査、タイ国での火力発電所建設、そしてインフラが地域の暮らしとともにあると知った雪深い只見での水力発電所保守。挑戦の数だけ増えてきた引き出しを、若手の判断にどう手渡していくのか。これまでの歩みとあわせて聞きました。

    インプットを増やし、判断する力を養う

    ──自己紹介と、いまの業務について教えてください。

    栗﨑 2026年4月から、審議役としてイノベーション推進部と技術開発部を担当しています。部を率いる部長とはまた別の、少し引いた位置から両部を見渡す役回りです。イノベーション推進部の案件では、スタートアップの方と直接お会いすることもあります。

    ──着任して2カ月(取材時)ですが、いまはどんな活動に力を入れていますか?

    栗﨑 虎ノ門ヒルズのインキュベーションセンター「ARCH」で開かれているエグゼクティブセミナーに参加しています。様々な事業会社で新事業を担当する役員クラスが10名ほど集まって、講義と意見交換を重ねていく1年間のプログラムです。ほかにも、テーマの面白そうなセミナーや勉強会には積極的に参加し情報収集するようにしています。

    いまは意識してインプットの量を増やしている時期ですね。社内で動いている取り組みを深く知り、社外でどんなことが起きているかを学ぶ。その両方を自分のなかで組み合わせてイノベーション推進部のみんなに共有することで、新しいものが生まれるきっかけをつくること。それが、いまの自分の仕事だと考えています。

    ──エグゼクティブセミナーで出会った方々からは、どんな課題意識を感じていますか。

    栗﨑 新しい事業の種を発見し、手を動かして形にしていくのは、実際には現場をよく知る若いメンバーたちです。経営層がやるべきことは、現場から上がってきた提案を事業として進めていくのか、どうすればもっと良くなるのかを判断することです。では、何を根拠として判断するのか。セミナーに参加している同世代の方たちは、その見極めるための力を養おうとしていると感じます。

    ──若手にとっての水先案内人のような役割ですね。

    栗﨑 それが理想ですよね。私自身、いろいろなことに挑戦して、たくさん失敗をしてきました。だから、みんなが目を輝かせて取り組んでいることを応援したいんです。

    ただ、「この方向は危ないよ」「この場合は、こうじゃないとダメだよ」と言わなくてはならないこともあるはず。そのときに自信をもって判断できるように、必要な力を蓄えたいと思っています。

    ものづくりへの憧れから、土木工学の道へ

    ──栗﨑さんの経験されてきた「挑戦」と「失敗」について詳しく聞いていきたいと思います。まずは、経歴を教えてください。

    栗﨑 東京都生まれの埼玉県育ちです。子どもの頃は「絵描きか大工になりたい」と思っていました。父親がゼネコンで建築の仕事をしていたこともあって、ものづくりへの憧れがありました。

    大学では、土木工学を専攻しました。いまでこそ理系の女性は増えていますが、当時の土木工学科の同級生には100人中4人しか女性がいませんでした。それでも多いと言われたくらいでしたね。

    ──専門はどんなテーマで学んだのでしょうか?

    栗﨑 水工学です。水の力学や水の循環を扱う学問です。豪雨時に洪水を一時的に貯留する設備の管路を流れる水の流れについて研究していました。都市の治水対策につながる分野です。

    水工学の研究室を選んだ一番の理由は、魅力的な先生がいたことでした。土木工学には、地盤やコンクリート、構造解析などの分野もありますが、その当時はあまり興味がわかなくて。砂漠の緑化事業をやりたいという気持ちもありましたが、実現しませんでしたね。

    「ダムを知れば、土木のすべてがわかる」

    ──就職先として電源開発を選ばれた経緯は?

    栗﨑 水工学の研究室でしたから、水力発電のつながりで、研究室の先輩がこの会社に入っていました。学生時代にOBの方から話を聞く機会があって、そのとき「ダムの現場をひとつ経験すれば、土木のすべてがわかる」と言われました。たしかに水力発電所の現場にはダムがあり、ダムには道路もあるし、トンネルもあるし、また発電所もある。土木工学のすべてが結集したようなインフラです。そんな話に惹かれたのが入社のきっかけでした。

    ──入社した1995年は、発電部門の自由化が始まり、電気事業の枠組みが動き出した年でした。最初の配属先はどちらでしたか?

    栗﨑 建設部の設計室で、高倉揚水発電所の設計を担当しました(のち、計画は凍結)。勤務地は東京本店でした。そのときの上司が豪快な方で「今日も行くか?」と毎晩のように飲みに連れて行ってくれました。「1+1は2にも3になるんだよ」という、仕事哲学のようなことも教わりました。ものづくりの誇りを浴びた気がします。

    初めての本工事発注と、大きな失敗

    ──設計室の次はどちらに配属されましたか?

    栗﨑 徳島県の橘湾火力発電所の建設現場です。火力発電で使う蒸気を冷却するための水は、海から取って、蒸気を冷やした後、また海に戻します。その水を流す取・放水路など、水路系の土木構造物の設計と施工監理を担当しました。

    最初はわからないことばかりで、ちょっとつらかったですね。ただ、建設現場はそこで働いている全員が発電所の完成という同じゴールを目指して日々業務を進めていき、目の前でモノができあがっていくので、だんだんとゴールに向かっているのが目に見えてわかります。それはとても楽しかった。

    ただ、水路系の構造物って、基本は地面の中にあるんですよ。地上に見える発電所建屋や設備と違い、私が携わったものは全部地下に埋まってしまいました。それに気が付いた時はちょっと悲しかったです(笑)。

    現場では、日々発生するいろいろな問題に対し、上司や同僚と一緒に対策を考え問題を解決していくことが楽しかったです。そのような時に、施工計画や工事費について詳しい上司をみて、この構造物をどうやって作り、いくらになるか、そういうことがわかるようになりたいと思って、異動のタイミングで工事の施工計画・積算ができる部署への異動を希望しました。

    ──希望を出して配属されたのは?

    栗﨑 原子力部の土木工事グループです。大間原子力発電所の港湾工事の発注を担当しました。初めての本工事発注で一生懸命やったのですが、うまくできなくて。大きな失敗をしてしまいました。最終的には修正できる範囲のものではあったのですが、当時はまだ若かったので「会社を辞めなくては」とずっと思い詰めていました。周りの人から責められたわけではなくて、自分の責任感として、そう思い込んでしまった。当時、前職で担当した工事の記録を作成する任務があったので、「工事記録を書き上げたら辞めよう」と思っていましたが、結局辞めなかったんですよね。一生懸命頑張ったけれど失敗してしまった経験として、自分の中に深く刻まれています。

    「やりぬく意志」と「強い組織」を見つけた海外経験

    ──自身にとっては挫折といえるほど大きな出来事だったのですね。その後はどのようなキャリアだったのでしょうか。

    栗﨑 石炭灰の有効利用に関する業務です。発電所で石炭を燃やして出る石炭灰を、コンクリートの材料や地盤改良材として利用するための技術開発と販売促進を担当しました。

    他社と共同研究をしてスウェーデンでの学会発表に参加したり、ヨーロッパで石炭灰の有効利用状況を調査し日本国内でも同様に品質調整ができないかと検討したり、その灰をアメリカへ輸出することを目指したりと、いろんな挑戦をしていました。

    この時期を通して、「新しいことをやる時は、誰になんと言われてもやりぬく意志がなければならない」と学びました。新しいことは簡単には形になりません。だからこそ、意志が必要なんです。

    ──石炭灰に関わる学会参加や輸出検討などを通し、海外との仕事がここで始まる。

    栗﨑 ずっと「海外に行きたい」と言ってきたので、ようやく念願がかなった気持ちでした。新しい世界を知りたいと思っていたんです。

    石炭灰事業のあとは、国際事業部に異動になりました。ロシアで風力発電の開発調査を行ったり、JICA(Japan International Cooperation Agency:国際協力機構)の調査団の一員としてネパールの水力発電計画の調査に参加したり。

    ロシアでは、風力発電所を建設するために必要となる風況データを観測する、風況観測鉄塔を建てました。商社の方と仕事をするのは初めてで、とても楽しかったですね。でも、このプロジェクトも結局うまくはいきませんでした。

    ネパールでは、水文学の専門家として、ネパール国内にこれまで計画されてきた多数の水力発電計画に優先順位をつけとりまとめ、マスタープランを作成する仕事をしました。当時のネパールは政情が不安定で、しょっちゅうストライキが起きていました。カウンターパートの事務所のあるネパール電力公社まで行くことができずに、ホテルで仕事をしていたこともあります。そのような政情不安の中でも、水力発電といえばJ-POWERだということで、専門家として呼んでいただけるのは、先輩たちが脈々と続けてきたコンサルティングやエンジニアリングの技術と信頼の蓄積があったからでした。

    ──2012年からは駐在勤務になったそうですね。

    栗﨑 タイ国の現地法人で、ガスコンバインドサイクル発電所の建設に携わりました。土木技術者として、大小あわせて9地点の発電所の施工監理を行いました。

    ──外国での長期駐在ではどのような学びがありましたか?

    栗﨑 タイ国は、言葉も文化も違うし、時間の感覚も日本とは違います。だからこそ、自分の意図を相手にきちんと伝えて納得してもらい、実際に業務を進めてもらうことを大切にして取り組みました。ちゃんと相手の目を見て話すといった基本に立ち返ることができました。

    組織について考える機会が増えたのは、タイ国にいた頃です。みんなの長所を集めた組織が、もっとも強い組織になります。だから、組織の長は組織のみんなのことを好きなんだろうなと気付いたんです。現地法人のタイ人スタッフの皆さんに学んだことも多かったと思います。

    ──帰国後はどのような業務につきましたか?

    栗﨑 東日本大震災を経て、原子力発電の見直しを受け、石炭火力の開発を進めることになりました。私は火力発電所の既設更新と新設の案件を担当しました。「日本の電力供給のためにがんばろう」という気持ちもありました。

    その後、関連会社の開発設計コンサルタントに部長として出向し、会社の事業計画をつくる立場も経験しました。40代になり、リーダーとして周りを引っ張っていくことも楽しかったですね。

    マネージャーになった頃に参加した研修で、当時の社長が「リーダーはこうあらねばならない、というものはない。いろんな個性があって、いろんな形のリーダーがあってよい」と話されたのを覚えています。自分は自分のやり方でやればよいのだと、背中を押してもらったように思います。

    電力は、地域の人やチームに支えられている

    ──さまざまな電源の開発に従事してきましたね。

    栗﨑 現職に就く前に、水力発電の保守現場の経験も積めました。2023年度の1年間は、福島県の田子倉電力所の所長を務め、このとき初めて、「自分はインフラの会社で働いているんだな」と実感したんです。それまでのキャリアでは新しいものをつくることが中心でしたが、田子倉では水力発電所やダムの保守管理が中心になりました。

    日々天気を確認しながら大雨に備え、設備を守り続ける。冬には雪深い土地で、雪国ならではの苦労もある。現場の人たちに支えられて、電気というインフラが成り立つ。そのことを、あらためて強く感じました。

    ──地域との関わり方も、それまでの部署とは大きく違ったのではないでしょうか。

    栗﨑 田子倉電力所のある只見町は、2011年7月の新潟・福島豪雨で大きな被害を受けた地域です。発電所も被害がありましたし、只見川の氾濫に関して地域の方々から厳しいご意見をいただきました。そこから10年以上をかけて、地域との関係を築き直しています。発電事業は、設備を日々支える人だけでなく、その地域で暮らす人々のご理解とご協力の上に成り立っています。田子倉での1年間で、水力発電を支えている、大切なことを学びました。

    ──自身の名刺の他にもう一枚、マスコットキャラクターの名刺がありますね。

    栗﨑 田子倉電力所の公認マスコット「ナームりん」ですね。私がコンセプトと名前を考えて、同僚の画伯がイラストを描いてくれました。「ナーム」とはタイ語で「水」という意味です。青い王冠は水しぶき、オレンジのキャップは発電機、水色の体は水滴、銀色のスカートは水車をイメージし、全身で水力発電を表現しています。

    ──なぜマスコットをつくろうと思ったのですか?

    栗﨑 田子倉発電所は運転開始後60年以上経過し、建設当時を知る方も少なくなっています。発電所は暮らしのすぐ近くにありますが、逆に意識されていないようにも感じました。ダムも発電所も、風景の一部に溶け込んでいますから。そこで、水力発電・J-POWERをもっと知ってもらうための入り口がほしいと考えました。

    ナームりんの着ぐるみをつくって、只見の雪まつりに参加したんです。その時ナームりんの名刺も作り、地域の方々に配りました。ナームりんを中心にして、みんながつながれたように感じて、とても嬉しかったですね。

    水力発電所を支えていただいている地域を共に盛り上げていくことも、私たちの大切な仕事と考えています。

    ──振り返れば、大学で研究されていたのも水工学でしたし、入社のきっかけは「ダムの現場を知れば、土木のすべてがわかる」という先輩からの言葉でしたね。

    栗﨑 そうなんです。キャリアを通して火力発電の仕事が長かったので水力現場への異動には戸惑いもありましたが、経験ができ本当によかったです。新卒入社したばかりの設計の仕事は、机上で図面と計算の中で取り組んでいたけれど、30年経って経験した田子倉では、地域の暮らしや設備を支える人たちのことを実感できました。

    みんなの長所を集めた組織

    ──さまざまなチームで働いてきた栗﨑さんにとって、理想の組織とはどんな組織だと考えますか。

    栗﨑 誰もが個性をもっていて、長所も短所もあります。みんなの長所を集めて、いい仕事ができる組織が、理想の組織だと思っています。タイ国で考えたことは、いまも変わりません。みんなの長所を集めた組織が、一番強いんです。

    ──その組織におけるリーダーの役割とは。

    栗﨑 ある人の個性が、こちら側から見るとあまりうまく働いていなくても、別の側面から見たら長所になるかもしれない。だったら、見る人が視点を変えたらいいんです。一人ひとりのいいところをすくい上げ、みんなで楽しく進んでいけるように仕向けられる人が、私の理想のリーダーです。

    ──自身の強みはどんなところにあると思いますか?

    栗﨑 多くの人が「これはダメだ」と考えるものについて「でも、こっち側から見たらいいよね」と言えることかもしれないですね。メンバーが一生懸命考えたアイデアが、会議で「これは難しいな」と言われてしまっても、「こういう見方もありませんか」と言える。それは、私がいろんな部署でいろんな失敗をしてきたからこその強みなんだと思います。

    ──その考え方は、現在のイノベーション推進部や技術開発部の仕事にも通じそうですね。

    栗﨑 そうですね。どちらの部署も、これまでやってこなかったことに取り組み会社の将来をつくっていく仕事です。イノベーション推進部にも技術開発部にも、いろんな個性をもった人がいます。それぞれのよいところを集めて、よりよい仕事をしていきたいです。

    ──今日は、栗﨑さんの失敗やうまくいかなかったことをたくさん聞きましたが、終始とても楽しそうでした。

    栗﨑 そうなんですよ(笑)。大変なことは当然あるのですが、失敗がダメなことではなく、学びになっているのかなと思います。自分が何をしたいかとか、何になりたいかとかよりも、みんなといい仕事をしたいです。チームで何かを実現できたという過程が楽しい。つらいときでも、みんなとだったら楽しい。私はそうやって仕事をしてきたんだなと、あらためて思いました。


    プロフィール

    栗﨑 夏代子(くりさき かよこ)

    電源開発株式会社 審議役(技術開発・イノベーションに関する事項担当)

    東京都生まれ、埼玉県育ち。土木工学(水工学)専攻。1995年入社。揚水発電所の設計、橘湾火力発電所の水路系構造物の設計・施工監理、大間原子力発電所の港湾工事発注、石炭灰有効利用の技術開発・販売促進、ロシア・ネパールでの海外調査、タイ国現地法人での火力発電所構造物基礎の施工監理、国内石炭火力の開発、株式会社開発設計コンサルタント出向を経て、田子倉電力所長、審議役(地域共生に関する事項担当)兼東日本支店長を歴任。2026年4月より現職。


  • Author

    審議役

    技術開発・イノベーションに関する事項担当

    栗﨑 夏代子

    Kayoko Kurisaki

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