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更新日:2026.9.3

公開日:2026.9.3

人を活かす仕組みが、イノベーションを出口に導く【後編】

    J-POWER(電源開発株式会社)の技術開発部は、個々の発電事業に直結しない独立した組織として位置づけられています。目指すのは次世代を牽引するイノベーションですが、研究を事業や社会実装に繋げることには難しさもあります。技術開発部 研究推進室の紺野亜紀子は、その課題意識から大学院で学び、イノベーションを生み出しやすい組織づくりに取り組んでいます。研究を事業に繋げるために必要なことは何か。イノベーション推進部との連携も交えながら紹介します。聞き手は経営企画部 兼 イノベーション推進部、井手一久です

    ▶[前編:枯れて、乾いて、燃料になる。耕作放棄地の「エリアンサス」が里山と発電所をつなぐ]

    大学院のドアをノックしたきっかけ

    井手 紺野さんは技術開発部で働きながら、大学院に通われていましたね。きっかけや動機は何だったのでしょう。

    紺野 きっかけは、技術開発部での実感です。研究戦略をみんなで議論する事務局をやるなかで、研究を事業へ結びつけるマネジメントの知識が足りないなと思ったんです。また、周りを見ても体系的に蓄積されていないとも感じました。

    J-POWERには研究開発だけで一貫してキャリアを積む人材はほとんどいません。入社するとまず事業部門に行き、研究開発にはキャリアのひとつとして携わる。だから研究マネジメントの知見が社内に蓄積されにくい。

    だったら、自分が学びに行こう。そう決めて進学しました。社内の公募留学制度を使いました。通っていたのは2023年4月から2年間、慶應義塾大学大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科です。ちょうど子どもが4歳、5歳というタイミングで、子育てと仕事の両立だけでも大変なのに大学院まで加えるなんて大変だねと言われて、少しショックを受けたこともありました。ただ、実際には両立についてはそこまで悩まずにすみました。会社や家庭の理解が本当にあったので、両立できたのは自分が努力したというより、周りに恵まれていたおかげです。本当にありがたいなと思います。

    大学院では、複雑な課題を全体のつながりの中で捉えながら、誰にどんな価値を生み出すのかを考え、その実現の仕組みまで設計していく「システム・デザイン思考」を学びました。ただ、これをそのまま自分たちの組織に導入するのは難しいなとも感じていたとき、授業で先生が紹介してくださったのがISOの国際規格「イノベーション・マネジメントシステム(Innovation Management System:IMS)」でした。

    これのアプローチなら当社にフィットするんじゃないか。技術開発部門で紹介したら、皆が抱えていた課題感と合ったのか「勉強してみようか」という話になりました。昨年度からIMSの考え方を学びながら、自分たちの組織を見直してみる取り組みが始まっています。

    能力を活かせないのは仕組みの問題

    井手 技術開発部での実感について、深堀りさせてください。どのような課題があると感じていたのか。

    紺野 課題の一つとして感じていたのは、研究の先に生み出したい「価値」を十分に具体化できていなかったのでは、ということです。研究開発を事業に結びつけたい、世の中の役に立ちたいという想いは強いんです。ただ、この研究によって誰にどんな価値を届けるのか、さらに、どんな仮説を持ち、研究開発の中で何を確認し、その結果を事業の検討にどう反映していくのかというような行動のところまで具体的に落とし込めていないケースが多かった。研究が事業につながっていかない。そんな課題感を、みんながモヤモヤと抱えていたように思います。

    これは、これまでは研究成果を既存事業やその延長線上へ適用することが主であったのに対して、カーボンニュートラル化など事業環境への変化の中で、新たな事業機会の創出も求められるようになったことなどが大きいと思います。これにより、これまでとは異なる枠組みで研究に取り組む必要がでてきた。

    そういった背景の中で、技術開発部門で最近強く意識するようになってきたのが「出口を見る」ということです。そしてそれを、個人に任せるのではなく、組織として継続的に実践できる仕組みとしたい。IMSは、そうした仕組みを考える上で参考になる考えだったのだと思います。

    井手 IMSという規格は、まだ馴染みがあるとは言えませんが、イノベーションの成功確率を上げるためのマネジメントをサポートすることを目的に「ISO 56000」シリーズとして標準化されているということですね。認証規格の「ISO 56001」と、ガイダンス規格の「ISO 56002」があり、前者は第三者機関による認証を取得できる要求事項規格、後者はイノベーション・マネジメントのあり方を示す指針という違いがあります。

    紺野 規格の中には、イノベーションを一部の特別な人の能力だけに依存するのではなく、イノベーションを起こしやすい環境や仕組みを整えていくという考え方が書かれています。そこが面白いというか、私がやりたかったことと似ていました。

    「当社、J-POWERにはイノベーター人材がいない」「イノベーションのスキルが足りない」「だから研究テーマが今ひとつなんだ」。そんなふうに、ものごとの原因を個人の能力へ押し付けてしまいがちな気がします。でも、そうではなくて、問題は「仕組み側」にもあるのではないか。いろいろな意味で、みんなが能力を持っています。それぞれが持っている能力を発揮できる役割やプロセス、評価の仕方など仕組み側にも目を向ける必要があるのではないかと。

    すぐに行動に移せる人もいれば、深く考えてから動く人もいる。アイデアを生み出すことが得意な人もいれば、それを慎重に具体化・実行していくことが得意な人もいる。一つの能力やタイプだけがイノベーターを表しているではないんですよね。それぞれの強みが生きる役割や、必要な時に伴走できる仕組みを作ることで、みんなでイノベーションを起こしていく。IMSは、そうした仕組みを考えるための枠組みを提示してくれます。

    井手 IMSについて、部内の受け止め方はどうですか?

    紺野 まだ、ガイダンス規格などを通じてIMSの考え方を学びながら、何をすべきかを整理しながら進めている段階です。もちろん、規格を取りいれることそのものに懸念を持つ人もいます。一方で、研究開発の進め方への課題意識というレベルでは比較的、共感してもらえているのかなと。部長が課題意識を明らかにして、部門として、取り組めているというところも大きいですね。先日、若手から管理職まで入ってもらったワークショップを開きました。「自分たちが課題だと思っていることは何か」「その原因はどこにあるのか」「どういう職場でありたいか」「そのために何ができるのか」。そういう「場」をつくると、発言が、次々に出てくるんです。

    多様な専門性や経験を持った人材がいて、それぞれ、何とかしたいと考えている。当社にあった仕組みを整えることができれば、今ある力をさらに活かせると感じています。みんなが共感している課題意識を軸にしながら、諦めずに取り組みを継続できるかが重要だと思います。

    イノベーションには、既存と異なる評価軸が必要

    井手 仕組みを整えれば動き出す、その素地がJ-POWERにはあるということですね。不確実性に挑戦することがイノベーションの本質だとすれば、それができるのが技術開発部やイノベーション推進部の面白さかもしれません。社内の他の部署は、堅実に業務を遂行することをより求められますが、私たちは少し事情が違います。

    紺野 そうだと思います。J-POWERには安全性や確実な遂行が求められる仕事もあれば、不確実性の高い中でそこにチャレンジする仕事もある。どちらも会社にとって重要なのですが、仕事の性質が違えば、そこから求められる行動や評価の仕方は変わってくると思うんです。

    IMSの規格でも、そういった考え方が示されています。具体的にいうと、発電所の運営でも取り入られている品質や安定性を重視するQMS(Quality Management System/品質マネジメントシステム)と、イノベーションを対象とするIMSではマネジメントの考え方が異なります。同じ人でも、QMSの視点で評価するときにかける言葉と、IMSの視点でかける言葉は違ってくるはずです。

    例えば発電所の運営のように、安全性や確実な遂行が何より重要な仕事では、失敗せずに実行することが大切です。一方で、イノベーションでは不確実に挑戦し、ときには失敗から学ぶことも必要になります。仕事の性質によって評価軸やマネジメントのあり方を意識的に使い分けることができると、さまざまな強みを持った人が、より力を発揮しやすくなるのではないのかと思います。

    井手 IMSの考え方は、具体的にはどのような形で組織に反映させていく想定ですか?

    紺野 いまはガイダンス規格を参照しながら、自分たちの業務に当てはめて、改善すべきところを検討している段階です。認証を取ることが有効だと判断すれば認証規格へ進む可能性もありますが、認証の取得そのものが目的ではありません。

    一例としては、イノベーションや技術開発にどのような役割があり、それぞれにどのような力量が必要なのかを整理することに取り組もうとしています。役割や必要な力量が言葉になっていれば、自分の強みや、これから身につけたい力について考えることができる。コミュニケーションの土台になります。また、併せてそういった力量を身につけられる研修を準備するなど、学べる環境を整えて行きたいと考えています。

    人事がつくる人材要件定義書そのものを変えるとなると、それはなかなか大変です。ただ、力量を整理して、まずは部門の共通認識として活用することはできる。一部門である技術開発部として手を付けられるのは、まずこの部分だと考えています。

    他にも、研究テーマを考える時に、提供する価値や事業の全体像について仮説を持つなど、「出口」を具体化するプロセスやそれを支援する仕組みについても整理して行きたいと思っています。

    技術開発部とイノベーション推進部が手を取り合う

    井手 J-POWERの技術開発部は、個々の発電事業に紐づかない、独立した組織として位置付けられています。

    紺野 技術開発部門は、私が所属する本店の技術開発部と、福岡県北九州市の若松研究所、神奈川県茅ヶ崎市の茅ヶ崎研究所という2つの研究所で構成されています。実際に研究を行っているのは研究所で、本店は、研究開発テーマの進捗や予算、知的財産の管理に加えて、私が携わっているような中長期の技術開発計画・戦略の立案などを担っています。人数は全体で80人ほどです。

    研究として、例えば茅ヶ崎研究所では、浮体式の風力発電を研究しています。海面に浮かせて風の力で発電するのですが、通常の風車は水平軸でタワーが固定されているのに対して、垂直軸型の風車と円筒浮体が一体で回転する「浮遊軸型風車(Floating Axis Wind Turbine:FAWT)」という新しいタイプです。2026年7月には、長崎県壱岐市内の実証海域に小型実験機を設置し、海上での実証が始まりました。スタートアップとも一緒に、こうした技術の実証を進めています。

    井手 イノベーション推進部でも、いろいろなスタートアップとの連携を通じて新規事業の開発や既存事業の改善に取り組んでいます。技術開発部から見て、イノベーション推進部との連携をどのように感じていますか?

    紺野 接点はかなり多いですね。スタートアップを紹介してもらうだけでなく、大企業のイノベーション推進の方々とのディスカッションの場にも呼んでもらったりしています。そういった場で、技術を事業に繋げる視点や、社外の人と連携して進める感覚を学ぶことも多く、自分の考え方を広げてもらったと思います。

    技術開発部の視点で私たちが重視するのは、「技術をどう仕上げ、どう評価するか」。私たちの専門性はそこにありますので、それはプロ意識を持って臨むべきです。一方で「出口」のところ、つまり「誰と組んで、どういう事業をつくるのか」。言うなれば「生々しいところ」、そのセンスはイノベーション推進部に期待しています。例えばスタートアップと会話する前に井手さんに連絡して、「このスタートアップってどんな感じですか?」と聞いておく、そういうことも大事にしています。

    井手 スタートアップに限ったことではないのですが、素晴らしい技術があっても、製品をつくらない限りは社会に実装されない。製品をつくることができても、マーケットに受け入れられるかどうかはわからない。技術と製品と市場というのは本質的に不可分だと思います。

    私たちJ-POWERにも「発電所をつくるだけでは事業が立ち行かなくなるかもしれない」という危機感から、どうやって売ろうかという「出口」までを考えて、ものづくり・技術開発を考えていくフェーズが来たのだと感じているんです。

    紺野 同意ですね。「マーケットをつくる」と言ったとき、そのマーケットには「制度」も含まれると思うんです。ニーズもマーケットも、制度しだいでかなり変わっていきます。だから技術開発部の役割には、制度へのアプローチと、そのための技術を積み上げることの両方があるはずです。

    エリアンサスも、実際に栽培し、燃料として使えることを実証して初めて、次の可能性が見えてきました。一方で、FIT(Feed-in Tariff/固定価格買取制度)の制約は、技術開発部だけで解けるものではありません。そこはイノベーション推進部も含めて、いろいろな人の力を集めて取り組んでいく必要がありますね。

    改めて、技術開発部が技術だけ、イノベーション推進部が事業だけを見るというように分けて考えていると進まなくなってしまうのではと思っています。研究の早い段階から市場や社会の視点を入れてもらうことで研究の方向性が変わることもあるし、逆に事業を考えるときに、技術的な見極めが必要なことも多いのではないでしょうか。お互いの専門性を持ち寄って、研究から事業化まで進んでいける関係にしていけるといいですね。

    未来の価値をともにつくるために

    井手 最後に、紺野さんが地域課題の解決に関心を持つきっかけは何だったのでしょうか?

    紺野 J-POWERが存続していくには、世の中に価値を提供し続けなければなりません。いまある価値を提供し続けるだけでなく、社会に対して新しい価値を生み出す必要があると考えています。ただ、それがグローバル規模となると競争相手が多くてスピードが速い、非常にハードルが高いですよね。それなら日本の、地域の課題ではないか、と考えました。

    井手 J-POWERの未来を考えたときに、取り組むべき現在地が紺野さんにとっては地域課題の解決だったということですね。紺野さんはご自身を主語として話すことを避けていますが(笑)、紺野さんが声をかけるから皆がやる気になって動いている、そういう側面があると私は思っています。

    紺野 ありがとうございます。ただ、私自身が何かを生み出せるというより、それぞれ違う専門性や経験を持った人がいて、その人たちが力を出せる場や仕組みを作ることが大事だと思っています。地域課題も決して簡単な課題ではないです。ただ、J-POWERにはいろいろな技術や経験を持った人がいて、難しい課題に粘り強く取り組む力もある。また、社内だけでは解けないことでも、地域の方や外部の方の知恵を集めていけば解決することができるかもしれない。そう信じてこれからも様々なことに取り組んでいきたいですね。

    ▶[前編:枯れて、乾いて、燃料になる。耕作放棄地の「エリアンサス」が里山と発電所をつなぐ]


    紺野 亜紀子(こんの・あきこ)

    電源開発株式会社
    技術開発部 研究推進室(戦略企画) 統括マネージャー

    井手 一久(いで・かずひさ)

    電源開発株式会社 経営企画部 兼 イノベーション推進部 

  • 電源開発株式会社

    技術開発部 研究推進室(戦略企画)

    統括マネージャー

    紺野 亜紀子

    Akiko Konno

  • 経営企画部 兼

    イノベーション推進部

    井手 一久

    Kazuhisa Ide

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    電源開発株式会社

    技術開発部 研究推進室(戦略企画)

    統括マネージャー

    紺野 亜紀子

    Akiko Konno

  • 経営企画部 兼

    イノベーション推進部

    井手 一久

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